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さよなら 亀川駅 ~99年前の漆喰を削る~

本日、大分県別府市のJR亀川駅の木造駅舎が
99年の歴史を閉じました。
明治44年に建てられた、国内でも少なくなった「残っている木造駅舎」です。

さよならセレモニーのために、市長をはじめとした別府市の方々、
そして歴代のJR亀川駅長さんが集まりました。

駅長さんたち、いくつになっても制服を着るとビシッとしまってますね。

















歴史ある駅の、歴史ある姿。
ゆかりのある方々にとっては懐かしく、大切な姿。
それも今日で幕を閉じます。




































最後のお別れに際して、99年前の姿を見てもらおうと
天井板を剥がし、小屋裏を見せてくれました。
伝統構法で建てられた昔の木組みを見ることはなかなか出来ないことです。
県内各地から、熱心な建築関係の方々が一目見ようと訪れました。

















そして、一般社団法人 200年住宅再生ネットワーク機構の井上理事長、
さらに、
 古民家鑑定士たちの中では九州一アツい男として有名な(?)
 一般社団法人 熊本県古民家再生協会の太田代表理事らが
 激励訪問してくれました。

機材が取り払われ、広々としてしまった駅舎内には
大分県下で活躍する木に関わる造形作家の方々の作品が並べられ
駅の遺構とともに不思議な雰囲気を醸し出しています。
また、小屋裏は誰もがのぞきこめるように、階段足場を設置。
子供たちも興味津津。嬉しそうに登ったり降りたり。


















そしてワタシの目的は…99年前の漆喰壁。
最後の最後にお許しをいただいて、削らせてもらいました。

竹小舞に土、そして漆喰の壁です。
天井を剥がして出てきた部分ですが、
ナイフを入れてみると、2度の塗り替えの層が出てきました。
ちなみにひび割れもワタシの仕業です。
繊維が見たくて、思いっきり割り込んでみました。


















そして、下の写真が本格的に削った部分。
左上に向かって深く削っています。

これこそが明治44年の漆喰です。

石灰の色も上等でありながら、若干の不純分。

中塗り層には藁が入っていますね。
 この頃はまだマニラや白毛の流通は少なかったハズですから、
 当然ありえる話です。

そして、上塗り層には今もしなやかで強い麻の繊維が見られます。
 色の白さ、柔らかさ…
 触った経験が多いわけではないですが、大麻すさの感触でした。


















石灰だけでもワタシの曽祖父が作ったものだと嬉しいな~と思いつつ
粒度や繊維の密度などはしっかり記録させていただきました。

駅舎とのさよならは悲しいですが、
亀川駅はより利用者の皆さんに使いやすい駅として、新たに進みはじめています。