©伝統素材伝承支援協会 人の想いに感謝と追悼の祈りを 150 150

人の想いに感謝と追悼の祈りを

6月23日は沖縄慰霊の日。
私たちを、そしてニッポンを守ろうとした人々の想いに感謝と追悼の祈りを。

そして今日、人が大切な何かを守ろうとしたのは沖縄だけではありません。

万葉集のこの詩を。

 鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼

 鯨魚(いさな)取り 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ

現代の私たちにはコチラの唄の方が身近ですね。
せっかくなので聴きながら続きを読んでください。


九州博多湾沿岸に今も残る防塁。

そこで守り続けた防人。
そこに守り続けた御家人の苦労が現在も残されています。

wikipedia

今年も元寇のオハナシです。

1281年6月23日。弘安四年六月六日は…弘安の役。
2度目の「元寇」のあった日です。

元寇とは、当時の中国を統治していた「元」という国が鎌倉時代であった日本に来襲したものです。

…社会の授業、覚えてますか?
「元」はモンゴル帝国。モンゴル軍4400艘の大船団で14万の兵が九州に攻めよせたのです。
が、7年前の初めての侵攻「文永の役」での経験をもとに作られたのが「石築地(いしついじ)」。 「元寇防塁」としてのほうが有名ですね。

高さ2m幅2mの石壁が、20kmにわたって海岸線を守っていたのです。

wikipedia


なので、そこからの上陸は出来ず…カミカゼで…と習ったような記憶があったのですが、違うんですね。

調べてみると、2度目の襲来に対してニッポン全国から太宰府に集まった軍は25万騎。
とてつもない数です。

攻防戦の中やって来た台風で5日間海は荒れます。

その後、海が凪いだのを待って、日本の武士たちによる掃討作戦。
4400艘の軍船はほぼ壊滅したとの記録が残っています。

数でも作戦でも、そして運でも勝っていたわけですね。
さらには単なるカミカゼのおかげだけじゃなかったんです。

防人としてクニを、そして家族を守るために集まった「人の想い」によるものです。

改めて沖縄慰霊の日。防人の日。 人の想いに感謝と追悼の祈りを。