九州博多湾沿岸に今も残る防塁。
そこに守り続けた御家人の苦労が現在も残されています。
wikipedia
今年も元寇のオハナシです。
1281年6月23日。弘安四年六月六日は…弘安の役。
2度目の「元寇」のあった日です。
元寇とは、当時の中国を統治していた「元」という国が
鎌倉時代であった日本に来襲したものです。
…社会の授業、覚えてますか?
「元」はモンゴル帝国。
モンゴル軍4400艘の大船団で14万の兵が九州に攻めよせたのです。
が、7年前の初めての侵攻「文永の役」での経験をもとに作られたのが
「石築地(いしついじ)」。 「元寇防塁」としてのほうが有名ですね。
高さ2m幅2mの石壁が、20kmにわたって海岸線を守っていたのです。
wikipedia
なので、そこからの上陸は出来ず…カミカゼで…
と習ったような記憶があったのですが、違いました。
調べてみると、2度目の襲来に対して太宰府に集まった軍は25万騎。
とてつもない数です。
攻防戦の中やって来た台風で5日間海は荒れます。
その後、海が凪いだのを待って、日本の武士たちによる掃討作戦。
4400艘の軍船はほぼ壊滅したとの記録が残っています。
数でも作戦でも、そして運でも勝っていたわけですね。
単なるカミカゼのおかげだけじゃなかったんです。
何事も必要なのは「備え」。
心も体も、ちゃんと備えておきましょうね。