元禄7年10月12日に芭蕉が亡くなったことによります。
芭蕉ときけばみちのくを連想するのは私だけでしょうか?
「おくの細道」、学生の頃暗記させられましたよね…。
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、芭蕉翁坐像
草の戸も住替る代ぞひなの家
面八句を庵の柱に懸置。
古代の日本の行政区画は五畿七道。平城京、平安京の時代のことです。
その区画は…
- 畿 内 (山城・大和・河内・和泉・摂津)
- 東海道 (伊賀・伊勢・志摩・尾張・三河・遠江・駿河・伊豆・甲斐・武蔵・ 安房・上総・下総・常陸)
- 東山道 (近江・美濃・ 飛騨・信濃・上野・下野・出羽・陸奥)
- 北陸道 (若狭・越前・加賀・能登・越中・越後・佐渡)
- 山陰道 (丹波・丹後・但馬・因幡・伯耆・出雲・石見・隠岐)
- 山陽道 (播磨・美作・備前・備中・備後・安芸・周防・長門)
- 南海道 (紀伊・淡路・阿波・讃岐・伊予・土佐)
- 西海道 (筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩・壱岐・対馬)
今でも地域や地方の名前に使われているものも多いですね。
東北は含まれていませんよね?
陸奥の国のさらに奥。「~道」の奥。
だから「みちのおく」だったというわけです。
都から、はるか遠くの地だったのですね。