人里を少し離れたところにあるそのお寺さんでは、私の恩師の知人が笑顔で待っていらっしゃいました。
そしてお通しいただいたお茶室には、無我の文字。
薬師寺さんの管長であった高田好胤さんのものでした。
無我。
仏教の言葉として色々なとらえ方があるそうですが、要は我執を捨てること。
俺が俺がではなく、己の欲のためではなく、自らの幸せのためではなく…。
ふと、忘れかけていないか?と自省しました。
さて、2年前、訪問したお寺のお坊さんからお話いただいたのは
「一日に一つずつで良いから、野の花を憶えてみなさい」と。
足元にある花の名前を知らずに通り過ぎること。
毎日を無為に過ごすこと。
人生に当てはめて考えれば、自ずと意味は分かりますよね?