古民家を詠う

2011年7月27日水曜日

古民家

t f B! P L
毎日毎日ナニか書いています。…ブログも毎日(笑)
「文章を書く」ときには内容ももちろんですが、「コトバ」を選ぶわけです。

それは筆であってもパソコンであっても、ケータイであっても同じ。
書く手と原稿用紙 - 写真素材
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その使い方で同じ内容でありながら、伝わる「想い」は変わります。
それは詩や唄も同じこと。というよりもっと難しいことですね。

最近、改めて聴いた歌…題名そのままの気持ちにさせられました。
その曲がコチラ。



現在の我が国のおかれている状況、様々ありますが
美しい国に生きている私たち、とても幸せなことをシミジミ感じさせられました。

しかし、こんな詩が書けるなんて…
そしてどんな情景に触れながら書いたのでしょうか?
作詞作曲は村下孝蔵さん。熊本県の出身です。

それがどこであるかなどというオハナシではなく、
熊本にそんな感受性を養う土壌があるのかな?と個人的に思ったわけです。


というきっかけがコチラのブログ
支流に端を発した末には大河があります。
海に注ぐ大河があります。
支流の木の葉の一滴の命の水は次第に大川に繋ぎ
大河と海の生命を潤わせて繰り返し生きてきました。

水は生命のサイクルです。
小さな一粒の生命が
山の木の葉の上を滑り落ちて小さな川が産まれ

谷川の水は里山の小川に注ぎ

河川によって大河を経て大海に注ぎ込まれて


水蒸気となり天に行き、また雨粒となり木の葉の上に泊まります。

それは、正に生命のサイクルを教えている様です。


雨の一滴は、やがて、大河の一滴に
そして、世界中の海に


正に今

谷川の生命の水は
大河を望む大川を目指しています。

大海に注ぐ大河の一滴です。
山郷の藁屋根の上に落ちたひとしずくの雨は今、正に里山の人々の想いを乗せて
世界中の人々の暮らしの中に、届けに行く大河のなかの一滴にあります。

日本人のこころの古民家を守り育てたこころの文化の古財のこころを乗せて。

…正直、かなわないなぁ~と脱帽。

ワタシが勝手に「古民家詩人」と呼んでいる
熊本県古民家再生協会 太田代表理事のある日のブログ。

あふれ続ける「想い」を言葉にできること、心から尊敬しています。

阿蘇の古民家ブログ http://kumamoto-kominka.seesaa.net/


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